星を生む
星を知ることは自分を知ること
———今年4月にスタートしたお話会「星を生む」ですが、半年を経たところで先日、前半の6星座分(おひつじ座〜おとめ座)の復習動画を撮り、振り返りをしました(YouTubeで公開中です!)。「星座」をテーマにお話をすすめていただくなかで気づいたこと、あらためて感じたことなどありますでしょうか?
二郎 つたないながらも星に関するお話をさせていただくことであらためて感じたことは、結局のところ星について知ることは、人間を知ることなのだということです。
もちろん初めからそのような思いがあったからこそ、特に第0回、第1回では人間の意識の変遷、肉体・エーテル体・アストラル体・自我という人間の構成要素や霊・魂・体についてのお話が多くなり、みなさまをまどろっこしい気持ちにさせてしまったわけですが(笑)。それでも「星を生む」の回を重ねるごとにますますその思い、つまり人間存在を語るためには、星について知ることが必然であるという実感が強まった気がします。
———近頃は占星術や星読みに興味をもつ方が増えてきていると感じていますが、いわゆる占星術でいうところの星座と、この「星を生む」で語っていただく星座とでは、少し意味合いが違うとお聞きしました。たとえば、次回は天秤宮(てんびん座)がテーマですが、てんびん座の人に向けたお話というわけではなく、すべての人がもつ天秤宮(てんびん座)という質について掘り下げていくわけですよね? つまり、誰もが十二星座をもっているわけで、十二星座すべてを知ることでみえてくるものがありそうです。
二郎 先ほど申しましたように、星を知ることはすなわち人間を知ること、つまり自分自身を知ることにつながります。そういった観点に立てば、自分と関わりのない星など一つとしてありません。
たとえば惑星に関して言えば、私たちがこの世に生まれて7歳になるまでは、月が見守ってくれています。そうしてその後の人生の経過の中で、水星、金星、太陽、火星、木星、土星がそれぞれ私たちの成長を促してくれているわけです。
もちろん十二星座もまた然り、私たちの身体を創った大元の星々であると共に、この地上で真の人間として生きていくための感覚器官をもたらしてくれる星々でもあります。その感覚器官というのは一般に言われている五感だけではありません、十二の星座に配当された十二の感覚があるのです。さらにその十二の感覚器官のほとんどが、まだ開発途上の眠った状態にあるのですから、私たちが本当に“覚醒”するためには、十二の星座すべてのことを知らなくてはならないのは必然なのではないでしょうか。
また、占星術を知ることによって、自分の星座との親和性を見出すことは素晴らしいことだと思います。そこから自分が何者であるのかを知るための、謎に満ちた旅路が始まるのですから。けれど自分というものが、今現在の地上生活をしている自分だけでなしに、異界においても秘密に満ちた生があり、さらに何度も生まれ変わり変容していく可能性を秘めた存在であるという認識に至れば至るほどに、すべての星々に思いをめぐらせるようになることは当然だと思われます。
すべての星々を知るということは、真に人間として生きることだと思うのです。
なぜなら星を知ることは自由へと続く道のりであり、そして星々とつながることによって私たちの中に愛が生まれるのですから。すべての星のことを知り、そのすべてとつながることができたならば、そこから真の自由と愛が生まれるということです。
実のところ、これからの時代ますます“二進法”の力が地球と人類を覆いつくして、あらゆるものが機械化されていくことでしょう。人々は知らず知らずのうちに、もうすでに二進法的な思考方法が当然となってきています。人と人とを比べて優劣をつけるとか、利益になるかならないか、役に立つか立たないか、といった思考方法は、この二進法のありかたを体現しているものです。
そのような時代において、もはや星々の輝きは娯楽的な天体ショーでしかありません。太陽の光と熱も、もはや生活に役立つエネルギー源としてしか見なされなくなるでしょう。星々も太陽も人間の魂とのつながりを失い、そうなることで星々からの叡智と太陽からの愛は地球に届かなくなるのです。
このような二進法の世界観が進めば、自分の魂から溢れ出る衝動によって成されることよりも、役に立つことや得になること、利益になることしか意味がないという観念が、人間の心すべてをむしばんでいきます。すると「こんなことをやって何の意味があるんだろう?」という気持ちが人々の心の中を蔓延していくのです。そうしてせっかく魂から生まれ出た喜びの発露が、頭でっかちな損得勘定によって打ち砕かれてしまい、やがて人間の魂は干乾びていくしかありません。
もはや芸術と言われる分野も、利益にならなければ意味がなくなり、昔から読み継がれてきた文学なども、何の役にも立たないものとして打ち捨てられることでしょう。音楽もまた、ただ感覚的な快楽をもたらすものとしてしか意味がなくなるのです。
このような時代が本当にやって来ています。
これを人類の危機として受けとめて、自由と愛の道を進むのか。
それとも人類の進歩だと手放しに喜んで、二進法的思考のもとで“快適な”道を進むのか。
その選択は私たちにゆだねられています。
そんな時代の変遷の中で、この度お話の場をもうけていただいたことに感謝しながらも、私としてはただ、自由と愛の道をこころざす人たちに向けて、ささやかながらお話をさせていただいているというわけです。
初めはただ星について知るという“知識”にしか過ぎないことが、やがて愛へと変容する力を秘めているのだという真理。
日常の場に顕れるその奇跡的な“真理”を、皆さんと共に分かち合うことができましたら幸いです。